2016年08月


「ローダー、おまえこそここで何をしてるんだ」皇帝はかみつくように言った。かれは慌ただしく諸王の顔を見渡した。「アローン人がトルネドラを侵略するとは、いったいどういう料簡なんだ」
「われわれは侵略なんぞしとらんぞ、ラン?ボルーン」アンヘグ王が言った。「もしそうならわれわれの後には、街や村を焼きはらう煙があがっとる。アローン人の戦争の仕方は、おまえさんだってよく知っとるはずだ」
「じゃあ、ここでいったい何をしようというんだ」
 チョ?ハグ王が穏やかな声で言った。「さきほど妃殿下のおっしゃられたように、東へ向かっているだけですよ」
「東へ何の用がある?」
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「おまえさんの知ったことじゃない」アンヘグがぶっきらぼうな声で答えた。
「もっと礼儀正しくしてちょうだい」レディ?ポルガラはチェレク王にそう言い捨てると、皇帝の方を向いた。「去年の夏、父とわたしで説明したでしょう。あなたも聞いていたはずよ」
「そいつはおまえらがわしの娘を誘拐する前の話だ。いったいあいつに何をしたんだ。前だっていいかげん手を焼いていたのに、いまや完全に手におえんありさまだ」
「子供というのは成長するものじゃなくて、陛下」ポルガラが落着きはらって言った。「それに女王の言ってることは、たしかに正鵠《せいこく》を射ているわ。わたしたちは確かに話し合うことが必要よ。それもごく内密にね」
「どこの女王のことを言っとるんだね」皇帝は辛らつな声で言い返した。「そんなもの見当たらないが」
 セ?ネドラの顔がこわばった。「おとうさまったら」彼女はぴしゃりと言った。「何があったか、よくご存じのはずよ。冗談を言うのもいい加減にして、まじめに話してちょうだい。

とっても大切なことなのよ」
「わしが冗談を言うような人間かどうか、王女の方がよく知っとるはずだ」皇帝は氷のように冷たい声で言った。
「女王よ」娘が訂正した。
「王女だ」父が言い返した。
「女王よ」セ?ネドラの声が一オクターブあがった。
「王女だ」皇帝が食いしばった歯のあいだから言った。
「そんなふうにお互いの軍隊の前で、聞きわけのない子供のようにいがみ合う必要があるのかしら」ポルガラが穏やかに言った。
「ポルガラの言うとおりだ」ローダーはラン?ボルーンに向かって言った。「このままではもの笑いのたねになるぞ。せいぜい最低限の威厳を保つぐらいの努力は、した方がいいんじゃないかね」
 さほど離れていない丘の頂上に陣取る、ぴかぴかした鎧の列を、皇帝は心ならずもちらりと振り返った。「よし、わかった」かれは不承不承みと腦部發展めた。「ただしはっきり言っとくが、あくまでも話しあうのはおまえたちのトルネドラからの撤退についてだぞ。よろしければわが方の大天幕に案内しよう」
「どうせおまえたちの軍隊のまっただ中にあるんだろう」アンヘグ王が言った。「申し訳ないがわれわれとて、のこのこついていくような馬鹿ではないのでな。かわりにわれわれの大天幕にそっちが来るというのはどうだね」
「わしだってそれほど馬鹿ではないぞ」皇帝がやり返した。
「失礼だが」フルラク王が穏やかに割って入った。「お互いの便宜を考えれば、ここで話しあうのが一番よろしいのではないですかな」かれはブレンディグ大佐の方を向いて言った。

「大佐、この場所に大きな天幕を張ってはもらえんかな」
「かしこまりました、国王陛下」ブレンディグ大佐はきまじめな顔で答えた。
 ローダー王がにやにやしながら言った。「見てのとおり、センダリア人の有能さは単なる伝説ではないのだ」皇帝は嫌な顔をしたが、それでも礼儀は忘れなかった。「ひさしぶりだな、フルラクよ。ライラは元気だろうな」「妻からよろしくとのことだ」しく言った。
「フルラク、おまえだけはまっとうな男だと思っていたのに」皇帝は突然怒り始めた。「なんだってこんな気狂いじみた企ての片棒をかついだりするのだ」
「そのことについても、内密に話しあった方がいいんじゃないかしら」ポルガラがさりげなく言った。
「ところで、きみのところの王位継承のごたごたはどうなってるんだ」ローダーが打ちとけた口調でたずねた。
「あいかわらず宙に浮いたままだ」ラン?ボルーンも普通の声に戻りながら答えた。「ホネス家は軍隊に合流しはじめているようだがな「そいつはまた気の毒なことだ」とローダー。「ホネス家の噂は、あまり芳しいものとはいえないからな」そうしている間にもさほど離れてはいない草地の上で、ブレンディグ大佐の指揮のもとにセンダリ一分隊がすみやかに鮮やかな色の大天幕を組み立て始めていた。
「カドール大公は処罰したの」セ?ネドラはたずねた。


 かれは再びため息をついた。「わかった。しばらくそこで待っていてくれ」老人は静かに向きを変えると、霧にけぶる朝の大気のなかへ出ていった。
 老人の出ていったあとの沈黙のなかで、ガリオンはヴォルダイの決意が見かけほど強くないことを示す兆候が少しでもありはしないかと、じっと老婦人を観察しつづけていた。もし彼女の心がそれほどまでにかたくなでなけ避孕 藥 れば、情況を説明してわかってもらえるかもしれない。沼地の魔女は落着きなくあちこちと歩きまわり、心ここにあらずといったようすで、必要もないものを持ち上げたり、また下に置いたりしていた。老婦人は一瞬たりとも、ひとつのことに集中していられないようだった。
「あんなことをしたら祖父は死んでしまうでしょう」ガリオンは静かな声で言った。いかなる説得も失敗に終わった今、むしろ直截的な言葉の方が効果があるように思えた。
「何ですって」老婦人は険しい声で言った。
「祖父はこの冬ひどい病気をしたんです」ガリオンは答えた。「〈珠〉の所有をめぐってクトゥーチクと戦ったのです。その結果クトゥーチクは粉々に吹き飛びましたが、祖父もまた危うく死にかけました。そのときのショックで〈意志〉の力も避孕 藥失われているかもしれないのです」
 シルクのあえぐ声がした。「何だってそいつを初めから言ってくれなかったんだ」
「ポルおばさんがみんなに黙っていうって言ったんだ」ガリオンは答えた。「万が一にもアンガラクにもれるようなことがあってはならないんだ。ここ何年にもわたってかれらの侵入をはばんできたのは、おじいさんの力がおおいに与かっているからさ。もしその力が失われて、それが他にもれたりしたら、アンガラクは遠慮なく西に侵入してくるだろう」
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「かれはそのことを知っているの」ヴォルダイが急いでたずねた。
「たぶん知らないでしょう。ぼくもポルおばさんも何も言ってませんから。ぼくらは祖父に一瞬たりとも疑いを持たせるわけにはいかないんです。もしほんのわずかでも魔術師が自分の能力について疑いを抱いたらもうおしまいですから。それが魔法にとっては 避孕 藥一番大事なことなんです。必ず自分の思ったとおりになると思いこまなきゃだめなんです。それができなければ何にも起こらないでしょう――そして失敗を繰りかえすたびにだんだんだめになっていくんです」
「あの人が死んでしまうかもしれない意味なの」ヴォルダイの顔に浮かんだ表情を見て、ガリオンはかすかな希望をいだいた。
「祖父の〈意志〉はまだ残っています――あるいはいくらかは」かれは説明を続けた。「でもいずれにせよ、あなたの望みをかなえるほどではありません。簡単なことを行なうだけでもかなりの力が要求される上、あなたの望みは途方もなく困難なことなのです。たぶん今の祖父には荷が重すぎるかもしれません。その上いったん、はじめてしまったら途中でやめることは許されないのです。〈意志〉を集中させる努力でおそらく祖父の生命力は二度と回復できないまでに――もしくは死ぬまで使い果たされてしまうでしょう」
「なぜそれをもっと早く教えてくれなかったの」ヴォルダイの顔には苦悩が浮かんでいた。
「できなかったんです。祖父の聞いているところでは」
 彼女は慌ただしくドアに向かって走り出した。「ベルガラス! 待ってちょうだい」彼女はガリオンの方を振り返って叫んだ。「早く追いかけて! あの人をやめさせて!」
 それこそガリオンが待っていた言葉だった。かれはすぐに立ち上がり、ドアに向かって突進した。ドアを勢いよくあけて雨のそぼ降る庭に向かって叫ぼうとした瞬間、かれはこれから何かが起こるような――何かが始まりつつあるがまだはっきりとはしない――不思議な圧迫感を感じた。叫びはそのままかれの唇に凍りついた。
「早くしろ、ガリオン」シルクがうながした。
「それがだめなんだ」ガリオンはうなるように言った。「もうすでに〈意志〉を吸い寄せはじめている。もうぼくが呼んでるのにも気づかないだろう」
「かれを助けられないのか」
「だけどおじいさんが何をしようとしているのかさえ、わからないんだよ、シルク」ガリオンは絶望的な声を出した。「今ここでぼくが下手に手出しをしたら、ますます悪くなるだけだ」
 二人はびっくり仰天したようすでガリオンの顔を見た。
 ガリオンは不思議な共鳴するうねりを感じていた。それはまったく予想したものと違うので、かれはすっかり面くらってしまった。かれの祖父は何ひとつ動かしたり変えようとはしなかった――かわりに途方もない遠くに向かって心のなかの声で呼びかけていた。何を言ってるのかはまったくわからなかったが、ただひとこと「〈師〉よ」という言葉だけははっきりと聞こえてきた。ベルガラスはアルダーを呼び求めていたのだ。
 ガリオンは思わず息をのんだ。
 するとどこか果てしない遠くからアルダーの声が聞こえてきた。師弟はしばらく静かな声で話をかわしていたが、その間にも祖父の〈意志〉の力は衰えなかった。アルダーの〈意志〉を注ぎこまれ、大きくふくれあがったそれはますます強大になっていくようだった。
「いったい何が起こってるんだ」シルクの声には怯えに近いものが感じられた。
「おじいさんはアルダーと話しているんだ。でも何といってるのかは聞こえないんだ」
「アルダーがかれを助けているの?」ヴォルダイがたずねた。
「わかりません。アルダーがもはや自分の〈意志〉を使ってるのかもよくわからないんです。でも、どうやら限界のようなものがあるようです――かれと他の神々とのあいだで取り決めた何かが」
 不思議な会話が終わるのと同時に、ガリオンは祖父の〈意志〉がますます高まり、寄り集まってくるのを感じた。「始まったぞ」ガリオンはなかばささやくような声でふたりに言った。
「ベルガラスの力はまだ続いてるのか」シルクがたずねた。
 ガリオンはうなずいた。
「前とくらべて衰えたりはしていないかね」
「わからない。力がどれくらいの強さかを測ることはできないんだ」

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