かれは再びため息をついた。「わかった。しばらくそこで待っていてくれ」老人は静かに向きを変えると、霧にけぶる朝の大気のなかへ出ていった。
 老人の出ていったあとの沈黙のなかで、ガリオンはヴォルダイの決意が見かけほど強くないことを示す兆候が少しでもありはしないかと、じっと老婦人を観察しつづけていた。もし彼女の心がそれほどまでにかたくなでなけ避孕 藥 れば、情況を説明してわかってもらえるかもしれない。沼地の魔女は落着きなくあちこちと歩きまわり、心ここにあらずといったようすで、必要もないものを持ち上げたり、また下に置いたりしていた。老婦人は一瞬たりとも、ひとつのことに集中していられないようだった。
「あんなことをしたら祖父は死んでしまうでしょう」ガリオンは静かな声で言った。いかなる説得も失敗に終わった今、むしろ直截的な言葉の方が効果があるように思えた。
「何ですって」老婦人は険しい声で言った。
「祖父はこの冬ひどい病気をしたんです」ガリオンは答えた。「〈珠〉の所有をめぐってクトゥーチクと戦ったのです。その結果クトゥーチクは粉々に吹き飛びましたが、祖父もまた危うく死にかけました。そのときのショックで〈意志〉の力も避孕 藥失われているかもしれないのです」
 シルクのあえぐ声がした。「何だってそいつを初めから言ってくれなかったんだ」
「ポルおばさんがみんなに黙っていうって言ったんだ」ガリオンは答えた。「万が一にもアンガラクにもれるようなことがあってはならないんだ。ここ何年にもわたってかれらの侵入をはばんできたのは、おじいさんの力がおおいに与かっているからさ。もしその力が失われて、それが他にもれたりしたら、アンガラクは遠慮なく西に侵入してくるだろう」
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「かれはそのことを知っているの」ヴォルダイが急いでたずねた。
「たぶん知らないでしょう。ぼくもポルおばさんも何も言ってませんから。ぼくらは祖父に一瞬たりとも疑いを持たせるわけにはいかないんです。もしほんのわずかでも魔術師が自分の能力について疑いを抱いたらもうおしまいですから。それが魔法にとっては 避孕 藥一番大事なことなんです。必ず自分の思ったとおりになると思いこまなきゃだめなんです。それができなければ何にも起こらないでしょう――そして失敗を繰りかえすたびにだんだんだめになっていくんです」
「あの人が死んでしまうかもしれない意味なの」ヴォルダイの顔に浮かんだ表情を見て、ガリオンはかすかな希望をいだいた。
「祖父の〈意志〉はまだ残っています――あるいはいくらかは」かれは説明を続けた。「でもいずれにせよ、あなたの望みをかなえるほどではありません。簡単なことを行なうだけでもかなりの力が要求される上、あなたの望みは途方もなく困難なことなのです。たぶん今の祖父には荷が重すぎるかもしれません。その上いったん、はじめてしまったら途中でやめることは許されないのです。〈意志〉を集中させる努力でおそらく祖父の生命力は二度と回復できないまでに――もしくは死ぬまで使い果たされてしまうでしょう」
「なぜそれをもっと早く教えてくれなかったの」ヴォルダイの顔には苦悩が浮かんでいた。
「できなかったんです。祖父の聞いているところでは」
 彼女は慌ただしくドアに向かって走り出した。「ベルガラス! 待ってちょうだい」彼女はガリオンの方を振り返って叫んだ。「早く追いかけて! あの人をやめさせて!」
 それこそガリオンが待っていた言葉だった。かれはすぐに立ち上がり、ドアに向かって突進した。ドアを勢いよくあけて雨のそぼ降る庭に向かって叫ぼうとした瞬間、かれはこれから何かが起こるような――何かが始まりつつあるがまだはっきりとはしない――不思議な圧迫感を感じた。叫びはそのままかれの唇に凍りついた。
「早くしろ、ガリオン」シルクがうながした。
「それがだめなんだ」ガリオンはうなるように言った。「もうすでに〈意志〉を吸い寄せはじめている。もうぼくが呼んでるのにも気づかないだろう」
「かれを助けられないのか」
「だけどおじいさんが何をしようとしているのかさえ、わからないんだよ、シルク」ガリオンは絶望的な声を出した。「今ここでぼくが下手に手出しをしたら、ますます悪くなるだけだ」
 二人はびっくり仰天したようすでガリオンの顔を見た。
 ガリオンは不思議な共鳴するうねりを感じていた。それはまったく予想したものと違うので、かれはすっかり面くらってしまった。かれの祖父は何ひとつ動かしたり変えようとはしなかった――かわりに途方もない遠くに向かって心のなかの声で呼びかけていた。何を言ってるのかはまったくわからなかったが、ただひとこと「〈師〉よ」という言葉だけははっきりと聞こえてきた。ベルガラスはアルダーを呼び求めていたのだ。
 ガリオンは思わず息をのんだ。
 するとどこか果てしない遠くからアルダーの声が聞こえてきた。師弟はしばらく静かな声で話をかわしていたが、その間にも祖父の〈意志〉の力は衰えなかった。アルダーの〈意志〉を注ぎこまれ、大きくふくれあがったそれはますます強大になっていくようだった。
「いったい何が起こってるんだ」シルクの声には怯えに近いものが感じられた。
「おじいさんはアルダーと話しているんだ。でも何といってるのかは聞こえないんだ」
「アルダーがかれを助けているの?」ヴォルダイがたずねた。
「わかりません。アルダーがもはや自分の〈意志〉を使ってるのかもよくわからないんです。でも、どうやら限界のようなものがあるようです――かれと他の神々とのあいだで取り決めた何かが」
 不思議な会話が終わるのと同時に、ガリオンは祖父の〈意志〉がますます高まり、寄り集まってくるのを感じた。「始まったぞ」ガリオンはなかばささやくような声でふたりに言った。
「ベルガラスの力はまだ続いてるのか」シルクがたずねた。
 ガリオンはうなずいた。
「前とくらべて衰えたりはしていないかね」
「わからない。力がどれくらいの強さかを測ることはできないんだ」