「どうやるのか教えてよ」
「まだだめよ、ガ消化系統リオン」おばさんはかれの顔を両手ではさんだ。「まだだめ。あなたにはまだ準備ができていないわ。もうお休みなさい」
「ここにいてくれる?」少しこわくなってガリオンは訊いた。
「いつでもいるわ」そう言ってかれを抱くと、豊かな髪を梳《す》きながら、低い旋律の美しい声でいつものように不思議な歌を口ずさんだ。それを聞きながらガリオンは眠りにおちた。
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 それ以後は当のガリオン自身、あまりてのひらのマークを見なかった。にわかにあらゆるたぐいのよごれ仕事がふえ、両手はもちろんのこと身体の他の部分までよごれっぱなしだったからだ。
 センダリアの――そして西部の諸王国の――もっとも大事な祝日は、〈エラスタイド〉だった。はるか昔、七人の神々が力を合わせ、ただのひとことで世界を創造した記念の日なのだ。
〈エラスタイド〉の祭りは真冬におこなわれた。ファルドー農園のような農場はその季節、ほとんどすることがないために、習慣上その時期は飾りつけた大食堂でごちそうを食べ、贈り物をもらい、神々をたたえるお芝居をする二週間のすばらしい祝祭になっていた。この最後のお芝居はいうまでも乳鐵蛋白なくファルドーの信心深さの反映だった。ファルドーは単純な善人だったが、農園の雇い人たちのあいだに自分の信心がどのくらい浸透しているかについてはなんの幻想も持っていなかった。ただ、敬虔な行為を目に見える形で示すことが、その季節にはふさわしいと考えていたのである。そしてまことに良い主人であったから、農園の人々は喜んでファルドーに調子を合わせた。
 ファルドーの嫁いだ娘アンヘルダのその夫のエイルブリッグが、言葉を交わす程度の父親との仲を保つために、年に一度きまって訪れるのもまた、あいにくとこの季節だった。アンヘルダには無関心をよそおって相続権をあやうくする気はさらさらなかった。しかし彼女の訪問はファルドーにとってはひとつの試練だった。センダリアの首都にある商館の下級店員のくせに、けばけばしい身なりをした高慢ちきな娘婿を見るとき、かれはほとんど軽蔑を隠さなかった。
 だがかれらの到着はファルドー農園の〈エラスタイド〉の祭りがはじまるしるしだったから、個人的にはだれひとり二人に好意を持っていないにもかかわらず、かれらの出現は常に熱っぽく迎えられた。
 その年の天候は――センダリアにしては――ことのほか険悪だった。早々と腰をすえてふりつづいていた雨がたちまち雪になり、ベタ雪の時期が到来した――晩冬に降る乾いてきらきらした粉雪とちがって、いつも半分とけた湿った雪だった。今や台所の義務にしばられて、以前の遊び仲間と祝日前の期待にみちた乱痴気騒ぎにも加われないガリオンにとって、きたるべき祝日はなぜか味気なく、気のぬけたものに思えた。かれは古き良き日々をなつかしみ、しばしば恨みの嘆息をもらしては砂色の髪をした不運の暗雲のように、むっつりと台所を歩きまわった。
〈エラスタイド〉の祭りがいつもおこなわれる大食堂の昔ながらの飾りつけすら、その年のガリオンにはどうしようもなくみすぼらしく思えた。天井の梁を花綱で飾っているモミの枝はなんとなく緑がさえなかったし、ぴかぴかに磨かれて注意深く枝に結びつけられたリンゴは、いつもより小さくて赤味に乏しかった。かれはまたもや溜息をつき、ふてくされてひたすら台所を歩きまわった。
 しかしポルおばさんは一向に意に介さず、同情のそぶりも見せなかった。判で押したようにガリオンの額に手をあてて熱のあるなしを診てから、調合できるなかで最高にまずい強壮剤を彼に飲ませた。それからというものガリオンはこっそり歩き、聞こえないように吐息をつくように心がけた。あの乾いた謎の頭の一部はそっけなくおまえはどうかしているのだと告げていたが、ガリオンは耳を貸そうとしなかった。頭の中の声はかれよりもずっと大人びて賢明だったが、人生から一切の楽しみを奪おうと決めているようだった。
〈エラスタイド〉の朝、一人のマーゴ人と五人のタール人が門の外に馬車であらわれ、ファルドーに面会を求めた。ただの子供にはだれも注目しないことや、多くのおもしろい事柄を小耳にはさむには、なにげなく盗みぎきできる場所にいるにかぎることをはやばやと学んでいたガリオンは、門のそばでどうでもいいはんぱ仕事にせっせと精を出した。
 そのマーゴ人はアッパー?グラルトにいたマーゴ人そっくりの傷だらけの顔をして、馬車の座席に偉そうに坐っていた。鎖かたびらのシャツが動くたびにジャラジャラ音をたてた。頭巾のついた黒マントをはおり、剣がよく見えた。何ひとつ見落とすまいというようにその目はたえず動いていた。泥だらけのフェルトのブーツにぶあつい外套姿のタール人たちは、雪原を吹きわたる風にも無頓着そうに馬車を背にして無関心にぶらぶらしていた。
 一番上等の上着を着たファルドーが――なんといっても〈エラスタイド〉なのだから――中庭を横ぎってきた。うしろにアンヘルダとエイルブリッグがくっついている。
「おはようございます。楽しい〈エラスタイド〉を」とファルドーはマーゴ人に言った。
 マーゴ人は鼻をならした。「あんたが農夫のファルドーか?」と強いアクセントのある声で訊いた。
「さようで」
「保存状態のいい相当量のハムが手元にあるそうだな」
「豚が今年はよかったもので」ファルドーはひかえめに答えた。
「そいつを買いたい」マーゴ人は財布をじゃらつかせて言った。
 ファルドーは頭を下げた。「明朝一番にお売りしましょう」
 マーゴ人は農園主を見すえた。